GLASS BOTTLE STUDIES

第8回:ガラスびんとこだわりの酒造りの関係 平和酒造

今回のガラスびん学では、ガラスびんとものづくりの関係に迫りたいと思います。

お話を伺ったのはFarmer’s Market @ UNUで定期的に開催されている日本酒イベント『AOYAMA SAKE FLEA』で企画協力をしてくださっている平和酒造の山本典正さん。

平和酒造では若いチームで日本酒づくりにあたられています。「職人の経験則ありきの世界」に思われがちな日本酒づくりの慣習やイメージがあるなか、若手によって新たに立ち上げられた自社銘柄で、なぜ世界に通じるものづくりができているのか?その原動力は何なのか?

自分たちの仕事は「いいものを、ガラスびんに詰めること」と言い切る山本さんですが、東京で別の仕事に就いたのち実家の蔵に戻った当初は今とは違った景色が広がっていたといいます。冬のある日、酒造りの真っ只中でお忙しい日に和歌山の酒蔵を訪問させてもらいました。

[聞き手・テキスト 田中祐資(TOKYO BINZUME CLUB/ Farmer’s Market @ UNU)]

“「安く作って安く売る」から品質重視へ
シフトしたきっかけの『鶴梅』”

まず酒造りの歴史について教えてください。

正確には分からないのですが、室町時代後期〜江戸時代初期、西暦でいうと1500年代後半から1600年代の前半には、この地に(酒造りを始めた)先祖がいたようです。元は仏寺だったのですが、お酒好きだった曽祖父が1928年に婿養子に入り、そこから酒造りをスタートしました。
しかし戦争が始まると、国全体として嗜好品をつくる余裕もなくなり、政府からの達しで酒造りは中断。終戦後、「平和な時代に酒ができる喜び」を名前に込めて「平和酒造」として再スタートしました。

和歌山は灘や伏見といった酒どころと近いので、最初は伏見の蔵の下請けとして営業を続けてきたんですね。そこに僕の父が、これまた婿養子として平和酒造に入りました。父は下請けの立場からの脱却を目指し、自分たちのお酒造りをパック酒とパック梅酒を主に販売する形で始めました。
昔は品質を問わず「安くつくって安く売る」大量消費・大量生産が主流の時代。だからガラスびんに入れて売り出すよりパックにお酒を詰めて売る方が大量生産もでき、手に届きやすい価格でより多くの酒屋に卸しやすく、理にかなっていました。2003年に僕が蔵に戻ったときには売上の99.9%をパック酒を占めている状態でした。

 

そのようなお酒の作り方・売り方が主流なところで、平和酒造のお酒造りの方向を変えるきっかけとなったのが「鶴梅(つるうめ)」という梅酒ですね。

梅の産地、和歌山で自分たちにしかできない酒造り、しかも品質がしっかりしているものを作りたい。そう考えた時、自然と梅酒から始めるのがいいと思いました。そこからお酒の品質を上げることにこだわり試行錯誤をして生まれたのが『鶴梅』という自社銘柄の梅酒です。

中身の品質にこだわったので、それに伴って容器もガラスびんに変えました。酒造業界では「いいお酒はパックに詰めない」という慣習があるので、イメージづくりのためにも容器の変更は欠かせませんでした。

(写真右から二番目のピンクのラベルの透明なびんが『鶴梅』)

 

『鶴梅』発表後はどんな反応がありましたか?

従来生産していたパック梅酒に対してだいぶ値段を高く設定したので、そのことについてお客様から指摘をいただくと思ったのですが「いいお酒をありがとう」とお褒めの言葉をいただくなど、味に対して明確に反応がありました。この梅酒をきっかけに商品選定に定評のある酒屋さんとの出会いも拡がり、『今度は日本酒をぜひ持って来てほしい』と言っていただける光栄な機会も増えました。

今度はお客様に喜んでいただける、上質な日本酒をガラスびんに詰めて届けよう:その思いから日本酒造りの質の向上を果たすべく、高い技術力を持った東北の蔵元さんのもとへ夏季休業の折に弊社の杜氏(とうじ:酒造りの職人を統括するリーダー)と出向き勉強を重ねました。3-4年ほど研究を重ねた結果生まれたのが日本酒『紀土(きっど)』です。

実はAOYAMA SAKE FLEAが始動する前のこと。お酒を全く飲めなかった運営スタッフの価値観を変えたのが『鶴梅』『紀土』でした。平和酒造の醸すお酒は味わい、香り、飲み口がバランスよく、全体が柔らかくて、アルコールが口とぶつからない。「こんな日本酒があるんだ…!」という気づき、そしてこのような良質なお酒をより多くの人に知ってもらいたいというおもいがイベント開催の原動力になりました。

“お酒そのものだけでなく
酒造りに関わる人の周辺も
改革が必要だった”

では平和酒造さんではこの二つの銘柄が「自分たちらしいお酒づくり」を推し進める基盤となったわけですね。

もちろんそこがゴールではなく、ものづくりは常に進歩していかないといけません。そして協力してくださる方の理解も必要です。従来主流だったパック酒づくりにかけている労力が当たり前となっていた蔵元さんにとって、ガラスびんに詰めて売ることができるくらい酒質にこだわったお酒を作るということは、普段と比べて何倍もの労力がプラスされるということ。「酒質にこだわった『いいもの』をつくろう」とお話しするのは簡単ですが、当たり前となった慣習に対しての意識改革をしていくことが一番難しかったです。

そのような、酒造業界にある意識を改革する方法としては。

うちの若い蔵人達と一緒に商品開発を進めたことが大きいです。弊社は以前まで全国で唯一、大卒新卒採用をやってる酒蔵だったんです。これまでの日本酒に対する古臭いイメージを壊したかったこともあり、経験がないからこそまっさらな視点で物事を捉えてくれる蔵人がいた方が風通しが良いと考えていたからです。彼らの新鮮な意見を取り入れることで、酒質も上がっていきました。

また、2014年頃から複雑な工程を経るため全ての情報を網羅することが難しいと言われる日本酒のマニュアルづくりにも取り組み始めました。それまではお酒を「作って出す」のみに終始していましたが、いいお酒造りをするには「つくって出して、飲んでもらって、お客様の声をもらってそれをまたつくりに活かす」という循環を生む必要があると考えてます。だからマニュアルを作ることで、その時々の自分たちの酒造りの状況を把握し、応用や改善を積み重ねていけるようになりました。それがさらに良い循環を生み出していったと感じています。

 

他にも造り手の関わり方で変化した点はありますか?

つい20年前まで、蔵人は夏は農作業にあたり、冬になるとお酒を造りに蔵に来るという働き方が当たり前だったんですね。給料は日当制、出稼ぎで来ているわけですから休まずに働くことが普通でした。

しかし、その形で酒造りを続けていくことは果たして持続可能なんだろうかと。若い世代が後を継ぎたく可能性も少なくなってしまいます。僕は若い子たちに来てもらいたかったので、社員制に移行しました。現在酒造りに関わる蔵人は全員社員になっており、酒造りの時期でもローテーションで休みを取ってもらうようにしています。

 

反対に、酒造りのない時期はどうされているんですか?

梅酒造りやイベントの開催や出店、様々な仕事があるのですが、空いた時間は全員で蔵全体に柿渋を塗っています(笑)柿渋には防水、防虫などの様々な効果があって、蔵を衛生的に保つのに一役買ってくれています。塗り重ねていくとどんどん色が深くなっていきます。ちょうどここは改修をしたばかりなので、床の色が全然違いますね。

 

 人の目が届かないような細かな裏側の部分まで、深い茶色になっていますね。作業にどれくらいの時間がかかるんだろうと驚きました…。

こういった地道な作業も多いですが、誰か一人でも歯車のようになってしまわないよう気をつけています。いいものづくりがしたい。そのためにも、社員ひとりひとりが、何がしたいか、できるかというのを汲み取り、表現できる場にしていきたいと思っています。

2014年から試験的にクラフトビールの醸造も始め、2016年から販売も始められましたね。

社員の高木がヘッドブルワーとしてビールの醸造にあたっています。元々彼女はクラフトビールの醸造所と日本酒の蔵、どっちで働こうか迷っていたんですね。毎日仕事終わりに勉強のため開催するきき酒でも、彼女が持ち込むのはなぜか毎回クラフトビール(笑)

僕はそれまでビールは苦手だったのですが、飲んでいくうちにいつの間にか「この喉越し、最高じゃん!」とビールの醍醐味が分かるようになり(笑)冬がメインの日本酒造りと夏がメインのビールづくりは、相性がいいのではないかとビール醸造にも着手しました。最近はビールと日本酒それぞれの醸造技術を融合した新しいビールづくりにも取り組んでいます。

 

ビールと酒を総合しても、うちの銘柄展開は他の酒造と比べると決してバリエーションは多くありません。小さな変化をつけて種類を増やすより、数は少なくとも自分たちがいいと思える品質あるお酒を造り続けていきたいと思っています。

 

魔法にも思える革新的なお酒造りの裏には、体系立てて経験則を蓄積可能な知識とし、関わるスタッフでより良いものを作るための基盤としてのマニュアル作りと毎年の検証作業、空いた時間で酒蔵に柿渋を塗る作業…今この瞬間も続いているプロセス。そして作り手のモチベーションを絶やすことなく前例を軽やかにくつがえす、人の働き方や業界の慣習すらも変革してしまう姿勢の結果なのだなと感じました。
すべては「いいものを作るため」。そのまっすぐな愛のある酒造りを知ると、ガラスびんに詰められたお酒を手に取る瞬間の気持ちも変わってくるのかもしれません。

 

*山本さんの取り組みは著書『ものづくりの理想郷』に詳しいので、興味のある方はぜひ読んでみてください。でもその前に『紀土』や『鶴梅』を飲まれるのもお忘れなく!